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「デクノボー菩薩」(不動心NO52)

住職  土井一顕

  病(いたつき)のゆえにも朽(く)ちぬいのちなり
  御法(みのり)に棄(す)てばうれしからまし

 (私は病気のために死んでいく身となったが、心より信じている御法(法華経)の真理の世界に、永遠に生き続けることができるので嬉しい)
 これは三十八才でこの世を去った、宮沢賢治の辞世の句です。賢治の作品は、宮沢賢治全集十六巻と膨大な数に及びますが、生前に刊行されたのは自費出版の詩集「春と修羅」、童話集「注文の多い料理店」の二冊だけです。数多くの作品は、死後に相次いで出版されて評価が高まっていきました。
 「雨ニモマケズ」の詩も、死後カバンの中の手帳に記されていたのが偶然に発見されました。「ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ ソウイフモノニ ワタシハナリタイ」とは、決して見返りを求めることなく、自己犠牲の精神で行動する菩薩になりたいということです。そして欲はなく決して怒らず、いつも静かに笑っていて人を助けるためにはどこにでもおもむく求道の実践者としての日々を生きようとしたのが賢治でありました。
 この「雨ニモマケズ」の詩の最後尾に、
 
   南無無辺行菩薩
  南無上行菩薩
 南無多宝如来
南無妙法蓮華経
 南無釈迦牟尼仏
  南無浄行菩薩
   南無安立行菩薩  (注:縦書き)

と、ご本尊の中心部分が書写されています。しかし、発刊されているほとんどの書籍には、残念ながらこの部分が削除されています。この二尊四菩薩が削除されると、「ミンナニデクノボートヨバレ」る常不軽菩薩が、あなたを軽んじませんと近づいていって多くの迫害を受け、菩薩行に励まされた真の意味を理解することはできないと思います。
 又、「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」との、法華経の絶対平等観から成り立つ賢治の宗教思想も見えてこないと思います。求道者賢治は冒頭の辞世の句を残し、父に遺言をいたしました。それは「国訳妙法蓮華経を一千部おつくりください。お経のうしろには、『私の生涯の仕事は、この経をあなたのお手もとに届け、そして其中にある仏意に触れてあなたが無上道に入られますことを』と、書いて知己の方々にあげてください」というものでした。父が了解すると、安らかな状況の中静かに息を引き取ったという.
 混迷をきわめた現況下、世界ぜんたいの幸福を願って数多くの作品を残した賢治(デクノボー)菩薩の宗教思想に触れてみることに大きな意義があると思います。

2009.04.26 | 会報「不動心」

比較 (不動心NO52)

副住職  土井裕翔
 
 NHK教育テレビで放映されている子ども向け教育番組の一つに『にほんごであそぼ』というのがあります。この番組の放映時間はわずか10分間ですが、いくつかのコーナーで構成されていて、その一つに、元大相撲力士のKONISHIKI(コニシキ)が子ども達と微笑ましい姿で歌っている場面があります。その歌の詩は、
  私が両手をひろげても、
  お空はちっとも飛べないが、
  飛べる小鳥は私のように、
  地面(ぢべた)を速くは走れない。

  私がからだをゆすっても、
  きれいな音は出ないけど、
  あの鳴る鈴は私のように
  たくさんな唄は知らないよ。

  鈴と、小鳥と、それから私、
  みんなちがって、みんないい。(『金子みすゞ童謡集』より引用)
 大正時代から昭和時代初期にかけて活躍した童謡詩人、金子みすゞ(1903−30)がつくった『私と小鳥と鈴と』です。
 私たち人間は、日常生活において、小鳥や鈴と比較したりされたり、という事はほとんどないと思いますが、人間同士では、比較したりされたり、ということが良くあると思います。オギャーと生まれた直後から、五体満足かどうかという事も含めて、他の赤ちゃんとの外見の比較から始まり、小学校入学あたりから、他の子どもと学業の成績・スポーツ・音楽・美術の出来不出来の比較、そして、就職したら、収入・肩書き・地位等で比較されます。その他、日常生活においても、「隣の芝生は青く見える」ということわざがあるように、他者と比較したりされる事が多かれ少なかれあると思います。
 金子みすゞの『私と小鳥と鈴と』の詩は、生きとし生けるものに優劣はない、「みんなちがって、みんないい」というように、それぞれがそのままで素晴らしいと考えるお釈迦様の教えに通じるものだと思います。
 お釈迦様は、『法華経』に、私たちに対する平等の慈悲心を「三草二木(さんそうにもく)」というたとえを用いて説かれています。
 すなわち、地上の山・川・谷・平地には様々な草・木等の植物が生育しています。そこに、厚い雲が空にみちわたり、一様に雨をふらします。地上の植物は、大きさも形もそれぞれさまざまですが、     
  一雲の雨(ふ)らす所、其の種性(しゅしょう)に称(かの)うて
  生長(しょうちょう)することを得て、華花(けか)敷(ひら)け実(み)なる
 
と、同一の厚い雲がふらした雨によってでも、それぞれがその大きさや形に応じて、生長し、やがて、花をひらかせ、実をつける。厚い雲とは、お釈迦様の私たちを救おうとなされる平等なる慈悲心の事ですが、この事によって教えられる事は、健康・病気であろうが、学業の成績・スポーツ・音楽・美術が出来ようが出来まいが、収入・肩書き・地位等があろうがなかろうが、仏の世界からみると、「みんなちがって、みんないい」。それぞれの個性に応じて、出来る範囲で成長すればいい、ということになると思います。お釈迦様・不動明王も常に、私たちを救おうとしておられます。今後とも、ご自分なりのご信仰を継続して、どんな時でも心が安穏になるようにして頂ければと思います。

2009.04.26 | 会報「不動心」

不動明王に守られて(不動心NO51)

副住職  土井裕翔

 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 毎年、1年の始まりである正月には、数多くの日本人が神仏からその年の幸運を授けてもらうために、神社仏閣に初詣をします。おそらく、幸運というものには基準というものはなく、人それぞれによって幸運の感じ方は違ってくるものだと思います。例えば、体が不自由で経済的に恵まれていなくて、他者から不運な人だと思われている人でも「自分は幸運だ」と思っている人もいるし、反対に、健康で経済的に恵まれていて、他者から幸運な人だと思われている人でも「自分は不運だ」と思っている人もいるように、自分の中にある基準で判断していると思います。すなわち、幸運・不運というのは、自分が決めることであり、他者が決めることではないと思います。
 私の昨年1年間を振り返ってみると、おそらく、他者からみると幸運とは程遠い不運な年にみえたと思います。というのも、突然、左股関節の一部の大腿骨頭が壊死してしまう「特発性大腿骨頭壊死症」という原因不明の難病になってしまったからです。
 1昨年11月1日より昨年2月10日まで、千葉県中山法華経寺で100日間修行をしていました。病気は行とは関係なくそれ以前には進行していたようですが、痛みがないので全く気づかずに行に入りました。痛みが出始めたのは行が始まってからすぐでした。行はなんとか最後まで終えることが出来ましたが、その後、とても歩ける状態ではなく、いくつかの病院に通院。7月16日から11月4日まで広島市内の病院で入院というように、昨年1年間は、僧侶として全くといっていいほど仕事をしておらず、皆様方にはご迷惑をおかけ致しまして大変申し訳なく思っております。
 信仰する人は健康な時でも不健康な時でも関係なく、常に不動明王の御守護を頂いています。御守護は信仰する人がそれに気づくことが出来るか否かによるものですが、今回、この病気を経験して不動明王の御守護をとても強く感じました。
 まず、1つは、100日修行を成満出来たことです。この行は、当山に縁ある人々の安穏を祈るために、私にとって、何が何でも終えなければなりませんでしたが、痛みが激しい時は、1日7回の水行では、水をかぶるたびに激痛がはしり、お堂での読経では、速いペースでの修行僧達の大音声や自分の出している声がひびいて痛い、さらに、わずか2時間半の睡眠時間中でも足がじんじんひびいて痛くて眠れない等足がちぎれるのではないかと思う時が何回もありました。そんな状態でも100日間水行・読経をすることが出来たのは、不動明王に守られている証拠だととても強く感じました。
もう1つは手術の時です。予定では午後4時頃から始まり4時間くらいで終了するので午後8時くらいには終わる予定でした。しかし、実際は午後4時くらいには始まりましたが、終了したのは9時間後の深夜1時頃でした。手術前、何度も検査をしましたが、手術が始まってきってみたら股関節のあたりの毛細血管がおかしな事になっていたようです。そこで、急きょその部分を扱う他の病院のスペシャリストの先生が、たまたま近くの病院にいらしたので、途中から手術に加わって頂いたようです。そのような訳で予定より長く9時間もかかってしまいました。もちろん、これは手術に関わられた方々のお力によるものですが、もし、他の病院ならば、他の時間だったら、ということを考えると、たまたま近くに、時間が空いている先生が見つかり、手術室に来てくれた、ということが大きな御守護だと思います。
あと、手術前の説明では手術する左足が3センチくらい短くなるので、歩く時に不自由になると言われていましたが、幸いにして足の長さも変わりませんでした。
以上のように、今回かなり不動明王の御守護を感じましたが、それ以上に最大の御守護を感じる事が出来ました。それは、手術が出来る病院が決まるまでの数ヶ月間、今後どうなるのか自分の将来を考えた時に多少不安であたふたした時期もありましたが、自暴自棄や悲観的になることはありませんでした。すなわち、病気になってからずっと自然に病という現実を受け入れることが出来、さらに、未来に対して希望を持って生きていけていることです。これが、最大の御守護であり、人々の不安をなくすという宗教の存在理由であると思います。今では、この病気になってみないと分からないこと、初めて気づいたこと、感じたことがたくさんあったので、むしろ、良かったとすら思っています。
人間は生まれてからずっと、幸運な時が続き悩みや不安が全くないのであれば、宗教は必要ないのかもしれませんが、生きていれば、ずっと幸運が続くわけではなく、必ずなにか予期しないことが起こります。その時に信仰は絶対に必要だと思います。必ず、常日頃の継続した信仰が不動明王に守られているという大きな安心・自信になり、自分の中にある不運という基準を自然に幸運に導いてくれるからです。
今後、夏頃には杖なしで普通に歩けるようですが、一生涯走ることは出来ない、連続して15分以上は歩けない、3キロ以上の物を持つことが出来ない等今まで出来ていたことが出来なくなります。しかし、自分に出来ることをしっかりとやって皆様方と共に不動尊を守っていきますので、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。皆様方の幸運をお祈り申し上げます。

2009.03.02 | 会報「不動心」

仏陀のことば(不動心NO51)

「おのれこそ おのれのよるべ おのれをさし措いて 誰によるべぞ よくととのえし おれにこそ まことに 得がたき よるべをぞ獲ん」

自己こそ自己の救護者である。
いったい誰が自己の外に救護者となりうるものがあろうか。よくととのえられた自己にこそ、私たちは他にえがたい救護者を見出すことができる。
このことばは仏陀がこの世を去ろうとする時、慟哭(どうこく)して歎き(なげき)悲しんでいた阿難に対して「歎くではない これからは、自分自身を灯火(ともしび)として生きよ」と教えられたことばである。仏法の真理によって自分自身をととのえていくことが大切である。自分自身の足もとを照らし輝かせ、自己を見失うことなく誤りのない道を何ものにも動ずることなくしっかりと歩めという教示でもある。

2009.03.02 | 会報「不動心」

年頭にあたって(不動心NO51)

住職 

悠悠と時が流れ、また何も無かったかのように、新たな年の静かな夜明けを迎えることができました。この大きな節目の時に、我が心という田畑に植えられた種子の成育状態を、つぶさに観察してみようではありませんか。

お釈迦さまのことばに
「信はわが蒔く種子である 知恵はわが耕す鋤である 身口意の悪業を制するは わが心の田畑における除草である わが手に引く牛は精進にして 行って帰ることなく おこないで悲しむことなく やがてわれを安らかな境地へと運ぶ」と、あります。心という田畑に仏の子という種が、すでに私たちには植えられています。
 その種を日日の努力(精進)によって立派に育てることにつながっていき、やがて豊かな仏という収穫を得ることができるのです。それには、貧(むさぼり)・瞋(いかり)・癡(おろかさ)の三毒という雑草を取り除く管理作業を常に怠ることなく続けていくことが大切だと教えられています。
 時には自分の心という田畑に植えつけられた仏という種が、うまく育っているかどうかを見詰め直して、成育状況がよくなければ仏の教えという真理の水・肥料を与えていこうではありませんか。
 謹んで皆々様のご清栄とご多幸を、心よりお祈り申し上げます。

2009.03.02 | 会報「不動心」

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