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不動心NO48(1)(サンプル画像付き)

不動心サンプル(1)

忍耐玉成
住職 土井一顕


寒く厳しい冬、ただひたすらにじっと耐えて、やがて来る春を待つ草木や昆虫たち。みんな生きるために懸命だ。生きていくために、環境の変化にも長い時間をかけて順応してきたものたちもいる。

例えばトンボは、太古の時代体長が40〜50センチもあり、鳥のような大きさであった。しかし、この大きな体を維持する食糧を確保することが困難となり、生き残るために次第に寸法を縮めてついに現在の体形となった。又、サケ科の岩魚(いわな)は大昔サケと同じで海へ出て、産卵のために川をのぼっていた。岩魚は水温15度以上では生きていけないので、氷河期以後水温上昇とともに海へ出られなくなり、やがて水温の低い川の上流部にのみ定住するようになった。このように生きていくために、自らの体形・住環境を変えてきた生物たちの生命力の強さには敬意を表す。

桜の木も冬には葉を落しエネルギーを蓄え、春になると一気に見事な花を咲かせる。
タンポポも深く地面に根をおろし、踏みつけられても負けずにじっと春を待っている。 それに比べ人間はどうでしょう。

いじめ・借金苦・病苦・孤独等に耐えることができず、何よりも大切な尊い生命を落とす人達が増加している。その数は交通事故死者をはるかに超えている。とても悲しいことである。

仏の教えではこの世が娑婆(しゃば)――忍士――である以上、どんなに苦しくても悲しくても与えられた生を全うしなくてはならないということが原則である。娑婆とは、耐え忍ばなくてはならない社会という意味である。しかし人生決して苦しみや悲しみばかりではなく、耐えることによって楽もありやがて春も訪れてくる。

「妙とは蘇生の義なり」と教示されているが、心身が疲れてしまった時には「妙法」の力によって生命に活力を与え、精神を蘇らしていくことが大切である。「妙法の力」とは、仏が私たちにお示しになった不可思議な生命力をいう。
「妙法」の祈りによって現実をしっかり受けとめ、自己の生命力を引き出しマイナスをプラスに変えていこうとする生き方をしたいものである。人生とはまさに悲喜こもごもであり、この喜怒哀楽の中で自己を追求し心の平安を求めていこうとする生き方をしたいものである。「冬は必ず春となる」じっと耐えて春を待つ草や木や虫たちに、私たち人間が学んでいかなくてはならない。

「耐忍(たいにん)」は「仏」という磨かれた玉となるために、人間に与えられた大きな試練といえよう。

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2007.10.04 | 「不動心」サンプル

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